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馬虹師父に指導を仰ぐ筆者
    

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眼無心、拳無魂
裏山です。

さて、工房をごらん頂いてる方は右下にあるちっちゃな
(ちゃちな、ではない)
囲みに気づいておられますでしょうか?

微妙に毎月変わってます。

ここにある、店長の一言は、
厳密には、「拳諺」といいます。

まあ、練習上の注意点を、優れた先達の方々が私たちに残してくださった物です。

毎回、簡単な訳はつけるものの、
基本的には書きっぱなしだったこの部分の説明を、
これからこのブログでしていこうかな、と考えてます。

以上、前置き。


さて、本文です。

今回の拳諺、「眼に心なくば、拳に魂なし」についてです。

眼は武術では、「眼神」を宿すように強調されます。

厳密には中国語では「眼神」は「眼光」の意味です。

では、眼に心がない、とはどういう意味でしょう?

ズバリ、

視線の動線によって、武術の攻防意義が明確になる

ということです。

よく、どこを見ていいかわからなくて、
もしくはあまりに形が気になりすぎて、
下ばかり見ている人がいます

先生に聞けば、

「動いてる指の方を見てください」

どこもかしこも動いてるんですが……?

まあ、その先生はどこもかしこも動いてないのかもしれませんが…
(あ、辛辣だったかな??)

では、どこを見ればいいんでしょうかね?

先に書いたように、

視線は攻防意義を明確にする

のです。

ですから、見るべきは、

相手が存在してる方向

です。

相手がどこにいて、今まさにどういう状況にあるのか、

を常に念頭に置いておけば、

型に魂がこもってきます。

自然、太極拳で言われる数々の要求の意義も見えてきます。

相手が存在しない中で、
存在しているように演じるのが型なのです。
       
| motoaki | 拳論〜ちょっとまじめな太極拳解説 | comments(0) | trackbacks(0) |

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